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サラ・イスマイール。
執務室から離れられない王宮の主。
普段は代理に立てている同じ容姿の女性と入れ替わっている。
その事実を知るものは限られており
その秘密も決して知らされるものではなかった。
「そんなに根を詰めていては身体に触りますよ。」
トレーに飲み物の入ったカップを載せ、部屋に入ってきた人物が
サラが休憩もそこそこに執務にいそしんでいる事に揶揄を籠めて忠告した。
「…ありがとう。シーリン。
只、ここに居れるうちに出来るだけの事はやっておきたいんだ。
彼女の負担は出来るだけ減らしておきたいしね。」
「…強情なのはお母さんと同じね、
無理の無い様にしてね。」
シーリン。と呼ばれた女性はサラの座っているテーブルに
ゆっくりとした足取りで近づき、トレーを置いた。
「…シーリンは母を知っているんだ…。
俺は、父から聞いた話しか知らないから。
…よかったら…話して貰えないかな?
あなたの知っている、話せる事で構わないから。」
「…サラ…」
「…イシスだ。」
イシスは、小さく溜息をつきながらその名を訂正した。
シーリン・パフティヤール。
マリナ・イスマイールに使えていた時期もあり、
マリナとは友人とも言える立場にもいた人物であった。
その彼女が今、その娘と対峙している。
本名:サラ・イブラヒム・イスマイール。
イシス・イブラヒムにとって唯一、
彼女の母、マリナ・イスマイールをよく知っている人物だ
「…強情なところはあなたとそっくりね。」
シーリンは苦笑しながらイシスの傍に立って話し始めた。
「マリナは…彼女はアザディスタンの平均層に居る
ごく普通の市民として生まれた。…表面上はね。
だけど、その血筋がそれを許さなかった。
保守派の捜査の手がやってくるのはそう遅くはなかった。
彼女は…マリナは祭り上げられた女王だったわ。」
その言葉にイシスは手を止めて正面を見据えた。
シーリンは言葉を続ける。
「彼女が作り上げた王制は以前改革派と呼ばれていた。
でも、それがこの20年程の間に保守派と呼ばれるまでに
この国の変化は激しかった。事実上の国家としての消滅。
それから自分の故国を自治体へと掴み取るまでの道筋はただならぬものだった。
だから、今政治は国民の手に委ねられている。
それはマリナの望んだ事でもあったわ。」
「母は…自らが建て直しを図った国を…国民の手に戻したかった…?」
「そう。それは…マスード・ラフマディーと共通の願いでもあった。
でも、それは途中で叶わなくなったのだけれども。」
「…アザディスタンの…炎上…。」
「…知ってたのね…」
「歴史にもある。父からも聞いている。
…その後に、暫定政権による解体と再建。
その中から再生したアザディスタン…
この国を母は見れたのかな…?」
「おそらく…垣間見る事は出来たでしょうね。
…でも、その時には…あなたがおなかの中にいたのよ。イシス。」
イシスははっと顔を上げ、シーリンを見つめた。
シーリンは柔らかな笑みを浮かべながら、イシスを見遣り、
言葉を続けた。
「彼女は…自分でもわからないと、そう言って笑ったわ。
彼を…何故愛するまでになったか。
互いにそんな関係ではないと、そう言っていた。
それが…変化したのはきっと…
新連邦が設立されてしばらくしてからだったかしら。
久しぶりに再会した彼女は以前と少し違う印象を受けたわ。
彼女があんな風に揺らいだのを見たのはあの時だけね。
『彼』への感情が変化していたのも。」
「…『彼』…?」
繰り返す様に問うイシスにシーリンは微笑み答える。
「そう。あなたのお父さん。
彼が…アザディスタンを訪ねた。
元々、自分の国であるクルジスからアザディスタンへ変貌を遂げた
この国が気にかかっていたのもあったんでしょうね。
地上に降りるついでに立ち寄ったような出立ちだったわ。
…その後の2人の気持ちの経緯は本人達のみぞ知るところなのでしょうね。」
黙って俯いたイシスにシーリンは今の気持ちを投げかけてみる。
「今のあなたは…その時のマリナに似ているわ。
何か、大きく揺らいでいる。
マリナと同じ様に…誰か気になる人でもいるのかしら?」
その言葉に、シーリンを見つめていたイシスは視線をそらした。
『好きなヤツの心配して何が悪いんだよ!!!』
「…あ…」
イシスの脳裏にスェウの一言がよぎった。
…でも…今は…
イシスは小さく頭を振る。
「…今は…そう言う時じゃない。」
「その気持ちは自分が動かないと自分の中で重荷になるわ。」
「…アイツの重荷には…なりたくない…だから…」
シーリンは苦笑しながら軽く溜息をついた。
「…いるのね…思いを馳せる人が。」
イシスは黙ってしまった。
言葉が見つからない。
シーリンは何度目かの溜息をついた。
「…そう言う気持ちはね、伝えないから重荷になるの。
その人に一度もたれてみるといいわ。」
「…でも…」
「不安かしら?」
「そうしてしまうと…自分が弱くなって行く気がして。
今、弱くなってはいけないと思うんだ。」
「それは、強くなる為に必要な事だわ。
自分の弱さを知り尽くすからこそ強くなれる事もあるの。
ここの仕事が一段落したら、一度会っておきなさい。
そして…強くなりなさいな。…サラ…」
そう言うと、シーリンはイシスのいる部屋を後にした。
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部屋のドアが閉められた後、イシスは溜息をついていた。
「… …」
彼女はいつの間にか自分の心を占めている名前を呟いた。
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1人で生きるよりも
誰かを想って生きる方が強くなれますよね。
イシスも それに気付いて
思いっきり甘えればいいと思うんだが
彼女の性格上 そうもいかないんだろうなぁ。
イシスは、まだ気付いてないんですよね。
ここから、イシスもスェウもアレクも
それぞれに少しブレていってもらう予定です。
一旦大きく揺らいで、その後にしなやかな強さを手に入れた
その変化を上手く書ければと思っています。(^^)