「…ソラン・イブラヒムの利き腕は?」
「利き腕?」
「いいから答えろ。」
うつむいたまま、イシスが答えを促す。
「…確か…右だったはずだが…右腕を負傷してからは左をよく使ってたな。」
答えたあとにイシスの表情が和らいだ。
「……合格。」
少し悲しげに微笑む笑顔が
かつてまだがむしゃらにガンダムに乗っていた頃、
一度だけ見せた、あの笑顔に重なる。
「刹那に会って、どうするんだ?
ソレスタルビーイングに連れて行って…
またここに帰ってくるのか?」
「…いや、ここには戻らない。
だから、君が残るかどうかは君に任せる。
ただし、刹那には来てもらう。
彼にきてもらわないと困る事態になっていてね。」
「…じゃあ、俺も行く。準備期間は?」
「僕は、こちらに7日間滞在する。
その間に出来るだけ迅速に準備をしてくれ。」
「では、7日後に刹那に会わせる。それでいいな」
「…判った。では、7日後にまたこちらへ来る。」
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7日後、玄関でチャイムを鳴らすと
あの中性的なアルトの声で「開いてるから勝手に入って。」と
素っ気ない返事が返ってきたので
ティエリア・アーデはそのまま部屋に入り込んだ。
再び訪れたその部屋はますます簡素になっていた。
引っ越しをしたあとのような気配だ。
「…ずいぶんスッキリしたな」
少し皮肉も込めながら呟いた。
呟きが思いのほか家具の他は何もなくなった部屋に響いていたらしい。
壁の向こうからイシスの声が返ってきた。
「だって、これからもうここには帰ってこないんだろう?
必要最低限の手続きは済ませた。
ハイスクールに関してもそっちに任せるところは任せたから。
あとは、一緒にラグランジュ30に向かえばいいんだろう?」
「ああ。そうだ。
…ところで刹那は?」
「これから一緒に会いに行こう。
今準備が終わった。」
「準備?自分の父親に会うのにどんな準備が…?」
そういいながらティエリアは声のする方を見、声を失った。
開いた口が塞がらないとはこういう事なんだろう。
「お待たせ。行こうか。」
そういいながら壁の向こうから現れたのは
まぎれもなくイシスではあった。
だが、7日前に見かけた
カジュアルなデニムスタイルとは全く違う様相だったのだ。
簡素でいて可憐な白のワンピース。
それに会わせたつばが広めのハット。
ヒールの低い白のパンプス。
父親に似た、少し褐色がかった肌と黒髪に対比して
上手くバランスが取れている。
可憐だ。
ティエリアは心の中でそう思った。
と、同時に
………黙ってそのまま立っていれば。
とも。
「…?…どうかしたか?」
ぽかーんと口を開けて自分を見ているティエリアに
イシスは不思議そうに首を傾げる。
「…いや、すまない。正直に言おう。
僕は君の性別を計りかねていた。」
あ。と気付いた様にイシスは少し照れたような顔を見せる。
「父さんが…一人で過ごす時は男の子の様に振る舞う方がいいと言ってた。
女一人だと判ると何がおこるか判らないから。」
「…だから…普段から性別を出来るだけ判らせない様に?」
「うん。もっと小さい頃は『女の子らしく、可愛く』なんて言ってたのにな。」
行こう。
そう短くイシスが発した声を合図に部屋をあとにした。
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