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「…ティム…? 帰ってるのか?
…そうか。今日からクリスマス休暇だったか。」
マンションの地下にある駐車場へと自分の車をおいたグラハムは
自宅へと向かった。
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「ただいま。」
明かりのついた自宅へと脚を踏み入れるが
中からの返事はない。
いぶかしみながら明かりのともるダイニングへと向かったグラハムは
こちらに背を向け、ダイニングテーブルに座って
何やら手を動かしてる息子の姿を見つけた。
ティム・エーカー。
現在17歳になる彼は父親の背を追いかけるように
16歳で軍士官学校に入学した。
今回のクリスマス休暇は彼が入学してから2回目になる。
大抵の訓練をこなしているはずの息子が
背後の気配に気付かない程集中する事とは何なのか。
グラハムはそっと近づいて少し声を大きくして声をかけた。
「おい!」
「うわあぁぁっ!!」
びくぅ!と肩を揺らし、飛び上がらんばかりに驚く息子に
少し度が過ぎたかと思いつつこみ上げる笑いを押さえられずに
グラハムは息子にもう一度「ただいま」と声をかけた。
「お…お帰りとうさん…」
驚きのあまり顔を若干引きつらせて振り返る息子を
グラハムはいぶかしんだ。
「おいおい…軍人候補が背後の気配を感じない程に
集中するなんて何やってるんだ?」
グラハムはティムの手元を覗き込んだ。
「なんだ…インクを入れてから父さんに渡そうと思ってたのに…
ギリギリで間に合わなかったよ。」
そういいながら手を動かしていたティムは
小さい声で「出来た!」と言うと
父親に向き直った。
「少し前に、衛星軌道状での訓練があってさ。
その時に会った人から預かったんだ。
父さんに渡して欲しいんだって。」
「…?…誰だ…?」
誰からかわからない。
そういう表情を浮かべ、ティムを見遣るグラハムに
息子は思い出すような仕草を浮かべながら答える。
「あー…アンナ大佐から。」
「アンナ…?どこかで聞いたような…
何を預かったんだ?」
ふとティムの手元をよく見ると
彼は1本の万年筆を持っていた。
ユニオンのユニフォームを彷彿とさせる
深い青のボディは使い込まれていて
使い込まれないと出てこないような独自の艶があらわれていた。
「これ…は…」
「大佐が、突然呼び出してさ。
グラハム・エーカーの息子である俺に渡して欲しいって。」
グラハムはその万年筆に見覚えがあった。
そう。そのボディにすり切れそうになりながらも
元の持ち主の名前が彫り込まれていたからだ。
そこでふと思いついたようにグラハムは息子に聞いた。
「その大佐…アンナだったか。フルネームはわかるか?」
「うん…確か…アンナ・メイスン…」
「なるほど。…わかった。……そうか………あの時の…
あの子が軍人になってたとはな。」
「父さん…?アンナ大佐を知ってるの?」
うん、うん、と一人頷くグラハムに
今度はティムがいぶかしむ番だった。
「ああ、彼女がまだ子供だった時に1度だけ。アイツの葬儀の時だったな。
彼女は、アイツの姪っ子でな。かわいがってたらしく、
葬儀の時はわんわん泣いてた。その印象が強くて覚えてた。
…いや、思い出したと言うべきか。」
「アイツ…?」
「その万年筆の持ち主だ。
アイツは…それを『お守りだ』と言ってずっと胸ポケットにしまっていた。
そうか…これだけ残ってたんだな…」
グラハムは胸に熱いものが込み上げてくるのを感じながら
息子の手に乗っている万年筆を受け取り
刻まれた名前を指でなぞった。
「ティム、グラスを2つ用意してくれないか?
書斎で少し呑みたい。」
「えー?珍しいね。父さんが書斎で呑むなんて。
…グラス2つも要るの?」
「今日は2つ欲しいんだ。この万年筆の持ち主の分をな。」
首を傾げるティムに片目を瞑って笑う父親に
ティムはトレーにターキーのボトルと氷、そしてグラスを2つ
そして万年筆をのせ、手渡した。
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書斎に一人腰掛けたグラハムは
ふと昔の事を思い出していた。
ふ、と笑みを浮かべる彼の目の前のデスクには
琥珀色の液体に氷を浮かべたグラスが2つ。
向かい側のグラスの先には万年筆が1本。
「…また、手元に帰ってくるとは思わなかったな。
おかえり…と言ったところか。」
呑む人物のいないグラスに自分のグラスを軽くあてて涼しげな音を立て
彼はその万年筆に向かって一人呟いていた。
万年筆のボディには今にも消えそうな文字で
「Howard」と持ち主の名前が刻まれていた。
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『隊長…?壊れたんですか?その万年筆。
大丈夫。直せますよ。』
『悪いな。あぁ…いや、お前に譲ろう。
直したら、そのまま使ってくれ』
『…有り難うございます。では、これはお守りとして持っておきます。』
『はは。何なら名前でも刻み込んでおけ』
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西暦2342年
その万年筆はグラハムの息子、ティム・エーカーの胸元を飾っていた。
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