ティエリアは声を失い呆然としていた。
そこにあるのは、一人の人物の名前が記された墓石があったからだ。
『ソラン・イブラヒム』
今まさに自分が探していた人物が眠る場所。
そしてもう二度と会える事が叶わない事を明確に記している場所。
イシスは何やら一つの箱を持ってきていた。
中身が何かはティエリアには教えてもらえなかった。
箱を墓石の手前に置き、墓石にそっとキスを投げかける。
その仕草だけを見ていると、
とても7日前にティエリアを放り投げた人物と同一とは思えない。
「父さん、今日は父さんの仲間が来たよ。こんなの初めてだね。」
イシスが墓石に話しかける。
「アタシね、ソレスタルビーイングに行く事にした。
父さんと同じ場所。アタシの知らない父さんがいるね、きっと。」
「……刹那……刹那は…どうして…?
彼に何があったんだ?」
やっと振り絞る様に発する事が出来た声は
ティエリア自身でも驚くほどに震えていた。
「…父さんは…3年前に…死んだ。」
「事故…?…か…?」
「白血病だった。」
「…そんな…」
彼が病死なんて…考えもつかなかった。
動揺を隠しきれないティエリアに
イシスはぽつりぽつりと話し始めた。
「母は…俺が生まれた時に亡くなった。
そのあとは、父さんが一人で育ててくれた。
父さんは…世界の全てだった。
不完全な状態で育つ娘を手助けしながら
学校では教えてくれない事を沢山教えてくれた。
生き延びる術、人を助ける術。全てを。」
イシスの一歩後ろに立っていたティエリアには彼女の表情は伺えない。
「10歳の頃、父の身体の不調に気付いた。
それまで、ずっと隠していたのが
とうとう隠しきれなくなっていた。
怒って、泣いて、ケンカ腰になって…やっと父は病院に行ってくれた。
そんな状態だったから…医者に見せた時には…もう…
父の身体はもうどうしようもなかった。」
「あいつらしい…」
「それから…俺は男の子の様に振る舞うよう教えられた。
その理由も然り。」
「我が子に自衛を教えたのか。」
「…多分。」
「ソレスタル・ビーイングの事は聞いたのか?」
「うん。聞けない部分も沢山あったけど…
それでも、調子のいい時にはよくベッドの傍で話してくれた。
病気がどんどん進んで行く中で父さんの話を聞けるのは嬉しかった。
どんなに身体が辛い時でも、俺には笑顔を絶やさなかった。」
「刹那が?…笑顔…?」
少し意外だという声を受けて、
「うん。笑顔。父さんはよく笑った。」
今度はイシスが少し振り返り、また墓標に向き直す。
「ソランは…父さんは…よく笑いかけてくれてた。
父さんの笑顔が大好きだった。」
そういってイシスは笑みを浮かべた。
「子供の力って偉大なんだな。
僕の記憶にある刹那は…厳しい表情をしていたよ。」
そういいながら、ティエリアは一歩歩を進め
イシスと肩を並べた。
墓石に刻まれている名前を見ながら
ティエリアはかつての仲間に声をかけた。
「刹那…お前はずいぶん変わったんだな。
そりゃあそうか。20年も経ってるんだもんな。
…お前が笑顔か。
僕と初めてあった時はお互い剣呑としてて…
いつもケンカ腰だったな。」
涙を一粒落としながら呟く。
「…お前は…どうしてそんなに生き急いだんだ?
まだ、皆ラグランジュで待ってるんだ。
00も。お前を待ってるのに…」
「父さん…皆に好かれてたのかな?」
「もちろんだ。」
ふと、こぼした疑問にティエリアは即答する。
「好かれてた…というより…放っとけなかったのかもしれないな。」
その言葉に、イシスは完全に信頼を置いていいと確認した。
「…こんな訳だから…父さんは残念ながら連れて行けない。
だから…だからこそ、ここにいる俺を連れて行ってほしい。」
自分の胸に手を当てながら、
イシスはティエリアをまっすぐに見据えた。
父親と同じ色の瞳で。
「君で、役に立つかどうかは行ってみないと判らないが…
それでもついてきてくれるか?」
「もう…戻るところは無いんだ。」
少しうつむいてイシスが発した言葉に
ティエリアは言葉を失う。
この子は父親と同じだったのだ。
「じゃあ…ついてきてもらおう。
イシス・イブラヒム。
出来る事なら、君が父さんの名を継いでくれないか。」
突然の申し出に、イシスが驚きとともに顔を上げる。
「俺が…刹那…?」
「そうだ。君がコードネーム『刹那・F・セイエイ』になる」
「そんな…名前もらっちゃっていいのか?」
「コードネームを引き継ぎした人物は過去にもいる。」
ティエリアはきっぱりと言い放った。
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