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ユニオン国家群、カリフォルニア郊外、昼下がり。
住宅地が広がる駅前。
その一角にあるカフェの窓際、
外を望むカウンターに『彼女』は居た。
刹那・F・セイエイ。
本名、イシス・イブラヒム。
父親のコードネームを引き継いだガンダムマイスターだ。
ミッションの合間に降り立った地上で
一人、つかの間の休暇を楽しんでいた。
「隣、いいかな?」
そんな彼女の隣にやって来た男性が居た。
「どうぞ。」
そう言いながら顔を見上げた刹那は言葉を失った。
その顔に見覚えがあったからだ。
「久しぶり。アイシャ。」
柔らかなブルネットの髪、グリーンの瞳が
こちらに笑みを投げかける。
「…ティム・エーカー…」
「ここで君に会うのは何年ぶりかな?」
「この国では…5年ぶりかな?
基地でのあの事件からは…1年か。
よく気付いたね。」
「偶然、前を通りかかったら見た事のある顔が居た。
俺が君を見間違う訳がない。」
なぜ?と聞き出そうとした
イシスの表情に気付いていないのか
ティムは続ける。
「今日、会えてよかった。
俺…明日から、この街にはいないから。」
「…どうして…?」
「あの部屋は、今日引き払ったんだ。
明日から、デトロイトの基地に赴任する事になった。
そこでGN-Xのパイロットになる。」
「GN-Xの…。」
「俺は、あれから…一時は注目の的になった。
『カリフォルニアの生き残り』
『新入りのラッキーボーイ』
なんて言う奴も居た。
君のおかげで生きてるのかな?
あのあと…フラッグ始めとするいろんな機体に乗った。
搭乗時間は1,000時間を超えたよ。
おかげで、GN-Xのパイロットになる。
…ソレスタルビーイングを撃つ側だ。」
ティムは黙って聞いているイシスに向かって笑みを浮かべていた。
「俺は、生きる。…生きて戦う。」
「じゃあ、次に会うのは戦場になるかもね。」
イシスが目線を落としながら呟く。
「アイシャ・エリアなんて女性は、はなからいなかった。」
「うん。」
「アイシャ・エリア…結構魅力的だったんだけどな」
冗談めかして言うティムにイシスは軽く吹き出しながら
同じ様に冗談半分に切り返した。
「それは、どうも。」
2人が軽く笑いあった後、どちらからともなく
少し前にあった軽い緊張感のある空気が戻る。
「…次に会うときは…きっと戦場だ。」
ティムの言葉にイシスは頷く。
「俺を…あの時生かした事に
後悔はないのか?」
ティムはずっと聞いておきたかった疑問を
やっと口にできた。
その言葉にイシスは真っ直ぐにティムを見つめて言う。
「世界と…未来を変える戦い…
その中で、生きていれば。
生きていれば掴めるものがあるから。
生きろ。ティム。」
「…俺は…次にあった時
君の命を奪うかもしれない。…それでも?」
「それでもだ。世界を変えれるなら。」
「…そうか…」
ティムはそれ以上は聞くまいと決めた。
これ以上は言葉では表せないものがあるのだと。
「じゃあ、俺、行くよ。」
「…うん。」
少し寂しそうに微笑むイシスを見つめ
ティムは少し名残惜しい感覚を抱いていた。
ティムは、少し目線をそらし、
再びイシスに視線を合わせ、
イシスに囁く様に顔を近づけた。
大きな声で言えない事があるのかと不審に思ったイシスは
ティムに応じて顔を近づけた。
「『アイシャ』に、伝えたいんだ。」
「?…あれは、ミッション中での偽名で…」
突然の言葉に驚いたイシスの背と項に手を置き、
彼女の言葉を奪い取る様にティムは唇を重ねた。
「…アイシャ…」
情のこもった声で名前を囁いた。
「…ティム…私…」
「もう…いいんだ。」
イシスがティムの腕に手を添えて
謝罪の言葉を口にしようとしたところ
再びティムの唇が塞ぐ。
イシスも、この瞬間だけは『アイシャ・エリア』でいた。
おそらく、これが『彼女』でいれる最後の時だろうと。
唇が離れるとき、イシスはティムを見つめ、
彼の頬に手を添えながら囁いた。
「…ごめんなさい…」
「謝らなくていい。」
ティムは切なげに眉根を寄せ、
イシスの頬に手を当て、自分の思いを呟いた。
「愛していた。…アイシャ…」
その言葉を最後にティムは振り返る事なく店を後にした。
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