イシスは吸い込まれる様に00のコクピットへと入って行った。
シミュレーターで慣らしているとはいえ、
実物のコクピットに入るのは初めてだ。
すとん。とシートに腰を下ろしたイシスはしばらく周囲を眺めていた。
20年、父親以外の人物を拒んできた場所。
父がここを去ってから時を止めた場所。
父さんのにおいがする。
パイロットスーツでは感じる事の無いそれを
イシスは感じ取ろうとしていた。
瞬間。
ぱあっと周囲の計器類が証明を灯す。
同時に赤い光がシートに座るイシスの顔を撫でる。
その頃、格納庫では
呆然とイシスの行動を見ていたティエリアとダグラスがいた。
はた!とまず慌てたのはダグラスの方だった。
「なぁ!ティエリア!!どういう事だ!?
今までうんともすんとも言わなかった00が…!ティエリア!!」
何が何やら判らないと全身で表しながら
それこそティエリアに食って掛からんばかりの状態だ。
ティエリアはまだ落ち着いていた。
「声紋認証はかなり甘く作られている。
網膜まではごまかされないさ。
ひとまずハッチは開いた。これで一歩前進…」
ティエリアがそこまで言いかけた時
00に再び変化が訪れた。
コクピットが閉まり、00の目が輝いた。
ティエリアの表情も見る見るうちに驚愕の表情になっていった。
コクピット内ではイシスがシートに座っていた。
赤いライトが顔を照らした後、
全ての計器が『オールグリーン』を示していた。
全てが父と習ったシミュレーターそのものだった。
父と一緒にシートに身体を沈めているかのようだった。
「…とうさん…」
イシスが父を微かに呼ぶ。
ふと、目についた操縦桿に腕をのばす。
のばしきった腕の先、指先に触れるか触れないかの場所に操縦桿はあった。
コクピットは刹那・F・セイエイの体格に合わせてある。
イシスの身体には大きすぎるのだ。
イシスはぎりぎり触れるか触れないかの距離にあるそれを掴もうと
躍起になって手を伸ばす。
うーんとうなりながら伸ばした為に
体重がシートの前方に向かって行く。
「掴んだ!!」
イシスが叫んだと同時に
背もたれにあるシート固定用のアタッチメントが
バチン!と言う音とともに固定を解除する。
機械やコクピット、搭乗者の身体に負荷をかけないための機能だ。
生体データが途切れるが、通信や他の機能でもフォローできるので
比較的外れやすいものではある。
そのアタッチメントが外れた反動で
イシスは勢いよくシート前方に身体を放り投げる状態になった。
勿論、掴んだばかりの操縦桿と共に。
操縦桿を動かされた00は当然の事ながら
コクピットに座る人物の言う通りに動く。
そう。格納庫の00が突然動き出したのだ。
流石に格納庫の全員が騒いだ。
騒ぐよりも次の動きが読めない分、逃げると行った方が近い。
「な…っ!?」
声を上げたのはティエリアだった。
ティエリアはまず周りをぐるりと見回し、
格納庫にいる全員を退避させた。
コクピットでは
イシスがシート前方に浅く腰掛ける状態でつんのめっていた。
「…へ?…」
がば!と顔をあげたイシスがモニター越しに見たものは
腕を上げている機体…00だった。
「やばっ!!」
そう声を上げて身体をシートから起こそうとしたイシスは
シートの窪みから飛び出すような格好になり
そのまま勢いよく足下のペダルまで踏み抜いた。
00の足があがる。機体全体のバランスが崩れる。
コクピットのイシスはあわてて体勢を立て直す。
シートが身体に合ってないためか手こずり、
ますます00が動き出している。
このままではゲートまで壊しかねない。
00がぶつかるとかなりの衝撃になる。
ティエリアは慌てて手近にあるゲートの開閉スイッチを押した。
格納庫のゲートが開く。
なだれ込む様にゲートへと00が移動を始める。
「イシス!!」
通信回路を非常用に切り替え、コクピットのイシスへ呼びかける。
「ひとまず00を元に戻せ!出来るはずだ!」
声はコクピットのイシスまで届いていた。
「わかった!」
イシスはそう応えると急いで00のバランスを取りながら
格納庫の元あるべき位置へと戻そうとしていた。
自分のバランスが上手く保てない中、
操縦桿やペダルに手が届かないという状況のため、
シミュレーターでどれだけ慣らしていると行っても
初めて実体機に乗ったイシスにすぐどうこう出来る物でもなかった。
右の操縦桿を触れば左手が操縦桿を離す。
左足が届いたかと思えば、その他の四肢ががら空きになる。
そのちぐはぐな操縦を素直にトレースした00の機体は
謎のダンスを踊る様に格納庫から出て行こうとしていた。
「あーっ!!もう!!」
イシスの叫びと奮戦も虚しく、00はいよいよゲートに近づいて行った。
もう宇宙空間へいつ出て行ってもおかしくなくなってきた。
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