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彼は、士官学校の編入試験に受かり、
12月のクリスマス休暇の前に士官学校への編入を果たしていた。
あすから、この孤児院から去っていく事になる。
遅くなるが、この準備が終われば
今まで世話になった先生達に挨拶をしておきたいところだった。
荷物を纏め終わると、寝る前にと、廊下に出てみた。
その時。
廊下に人影が見える。
子供だ。しかもまだそんなに大きくない。
年齢にしてみれば5〜6歳くらいだろうか。
子供は、廊下の壁に背中を預けて座り込んでいた。
「どうした?寝れないのか?部屋はどこ?」
彼は、その子供に声をかけた。
子供は、ジッと座り込んだままぽつりぽつりと話しだした。
「お父さんと…お母さん…待ってるの…」
子供…少女は裸足の指先を掴む様にしていた。
「…待ってる…?」
「帰って来るっていったの…2人共…
いい子で待っててねって…だから…アタシ待ってるの…」
彼は、それ以上かけられる言葉がなかった。
まさに自分のその時代と同じ、その少女が自分と重なっていた。
彼は、少女に手を差し伸べた。
「今日はもう遅い。一緒に先生の所へ行こう?
俺も、これから先生に会いにいくんだ。だから…」
そう言いながら、手を差し伸べる彼をちらりとみた少女は
再び床に視線を落とし、頭を振った。
「いい…ここで待ってるの。
ここで待ってたら、お父さんとお母さん帰ってくるもの。」
頑な少女に溜息をついて、彼は立ち尽くしていた。
「でも、ここは寒い。これ、羽織っておくといい。」
そう言いながら、彼は自分の羽織っていたブランケットを少女の肩に掛けてやった。
「あら、こんなとこにいたら風邪引くわ。
お父さんもお母さんも風邪を引いたあなたを見たら心配するわ。
部屋に帰りなさい。」
廊下の先から、夜勤の職員がやってきて少女に声をかけた。
少女は仕方ないという顔をしてゆっくりと立ち上がった。
そして
「ねぇ、先生。アタシのお父さんとお母さんは?
帰って来るっていったの。ここでいい子で待っててって。
いい子で待ってるよ?なのに何故帰ってこないの?」
俯きながら同じ事を何度も訪ねる少女を宥めながら
職員の女性は、少女を部屋へと連れ帰った。
少女が部屋へと帰った後、職員は再び廊下へと戻ってきた。
そして、彼の前に静かに立っていた。
「ミズ・エルマ。夜遅くにすいません。
明日、朝早いので、今のうちにお礼を言っておきたくて。」
「あら、そうだったわね。
…今のあの子のようだったあなたが…
明日から士官学校だなんて。
時の流れは速いものね。」
そう、頬に手を当てながらしみじみと呟くエルマは
ゆったりと微笑みながら、目の前の少年を見つめた。
「今まで、お世話になりました。」
「また、気が向いたら帰ってらっしゃいね。
ここは、あなたの『ホーム』よ。」
エルマは、目の前の少年の頬を優しく撫でた。
「有り難うございます。」
そう、微笑みを返す彼は名残を惜しむかのような笑みをエルマに返した。
「…今の子は?」
彼がエルマに聞くと、エルマは少し困った様に目の前の少年に話しだした。
「あの子の両親は…国連軍の救助活動に参加してたの。
『国境なき医師団』のメンバーだったわ。」
「…『だった』…と、言うと…?」
そう聞いた少年の表情が曇るのを見て、
エルマは眉を寄せた。
「弾薬庫の暴発でね…行方はまだ…
でも、おそらく。」
「…そうですか…」
少年は、彼女が入っていった部屋の扉を見ながら
いたたまれない表情になっていた。
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エルマに挨拶が出来た彼は
もう部屋に帰って眠るだけだというのに
なかなか寝付けないでいた。
あの少女の事が頭に引っかかっているのだ。
あの少女が自分と重なって見えてしまったのだ。
ーーー帰ってくるから、待ってるんだよ。ーーー
そう言い残して、空へと飛び立ったまま帰らなかった自分の両親。
子供心に、必ず帰ってくると信じ、待ち続けていた。
いつだろうか、もう帰ってこないと悟ったのは。
そんな彼は、やはり空へのあこがれを抱きながら孤児院に入り、成長していった。
16歳になったのを機会に士官学校への編入試験を受けた。
合格通知を貰ったときは飛び上がって喜んだ。
最初、反対していた先生達も喜んでくれた。
だが、それでも心配してくれている先生達からはこう言われた。
なぜ、父と同じパイロットではいけないのか。
彼の父は、航空機のパイロットだった。
彼も、幼い頃は父と同じ道を歩むと思っていた。
ーーー今、父がここにいてくれていたらば。ーーー
それだけでは物足りないと彼は考え始めていた。
もっと、もっと自由に空を駆け巡りたいと。
そんな時、ユニオンのMSが飛行する姿を目にした事があった。
これだ!と彼は確信した。
いつか自分はあの機体に乗るのだと。
あの少女と同じ頃の自分も待ち続け、不安になり
そして諦めた。
だから、空へ飛び立つ事だけは諦めないでいようと決意していた。
ずっと念じていたのだ。軍に入る事を。
そして、父と母が想いを馳せたあの空へ近づこうと。
あの少女は、何か自分の希望を見いだせるだろうか…?
彼は、想いを馳せていた。
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翌日、早朝。
彼は、大きなバッグを手にして孤児院の門に立っていた。
「今まで、大変お世話になりました。」
少年がそう言うと、エルマが寂しそうに少年を見つめた。
「元気でね。頑張って。」
「…はい。」
そう簡潔に答え、トラムに乗り込む為停留所へ向かおうとしていた
彼の耳に、微かに聞こえてくるものがあった。
少女の声だ。
「歌…?」
「昨日のあの子ね。
あの歌だけは今だに歌うの。
でも、たまにだけどね」
エルマは少し寂しそうに声のする方を見つめた。
高く広がる澄んだ声。
聞こえる歌は、反戦を歌うもの。
青いシャツを誇らしく着て
里に恋を置き去る
少年は、耳を澄ませた。
あの子なりの別れの挨拶なのかと思うと
聞かずにはいられなかった。
声を出して 走るそよ風
止める者も 叶いはしない
だけど ずっと 忘れずにいて
活躍する日は 来なくてもいい
「あの歌…親が歌ってたらしくてね。」
その言葉を聞きながら、彼は姿を見せずに歌う少女を想った。

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