そこで、イシスは今までとは違う、見知らぬ街で暮らす事になった。
ここで、マイスターなら自分の住まいを探すところから始めるのだが、
いかんせんイシスはまだ『候補であり、訓練生である』という事で
ソレスタルビーイングからあてがわれたアパルトメントに住まう事になる。
駅から降り立ち、メモを手にしたイシスはアパルトメントへと向かっている。
駅前は週末でもないのに思いのほか賑わっている。
地元の住民が多い住宅地の駅前だからだろう。
駅前を歩いていると、背後で急に人がざわめき始めた。
イシスが振り返ると、男性がこちらに向かって走ってくる。
その男を追いかける少年が一人。
よくある『ひったくり』というものだろう。
それがイシスの方へ向かってくる。
後ろで追いかけている少年が叫ぶ。
「そこの奴!そいつ引っ掛けてくれ!捕まえてくれー!」
イシスは身体を動かしていた。
駆けてくる男の勢いを利用して腕を軽く掴み、
自分の身体を振り返らせる。
かなりの勢いで腕を掴まれながら投げつけられた男性は
背中を地面にしたたか打ちつけた。
男は不利だと判断したのか
少年から奪ったであろう鞄をあっさりと放り投げ
ふらりと立ち上がると
振り返りもせずに逃げ去っていった。
…先が思いやられるな…
そう感じたイシスは半分呆れたような溜息をついていた。
「ありがとう!助かったよ!」
息を切らしながら、先程の少年が駆けてくる。
ブルネットの少し癖のある髪を揺らしながら
先程の鞄を拾い上げていた。
「それにしても、君凄いね!
あ、なんかお礼したいんだけど…」
うーん…と首を傾げてから
いい事思いついたと顔を上げる。
「そうだ!僕の家近いからさ。
よかったら来てよ。
この鞄、父さんからの頼まれもので…
危うく盗まれるところだったんだから
そのくらいのお礼はさせてよ!」
「いや、俺は別にいいって。
…ちょ、…おい!!」
焦るイシスを知ってか知らずか
少年は、イシスの腕を掴むとぐいぐいと住宅街に連れて行った。
ものの数分と歩かないうちに
大きなマンションの一室にイシスは招き入れられていた。
「どうぞ、掛けて。」
イシスは言われるがまま、ソファーに腰掛けた。
「あ!そう言えば名前、言ってなかったね。
僕は、ティム。
ティム・エーカー。
皆ティムって呼んでる。
…君は?」
「…名乗る程じゃない。」
「えー?呼びにくいじゃないか!
名前くらい教えてよ!」
ぶーぶーと口を尖らせて講義する目の前の少年に
暫く黙っていたイシスが名乗った。
「…刹那…」
イシスはここで自分の本名は明かすべきではないと判断し、
敢えて父親のコードネームを使った。
「ふーん?じゃあ、刹那、ちょっと待ってて。
コーヒーでも飲んでいってよ。」
そう言うと、
ティム・エーカーは部屋の片隅にあるポットから
カップへとコーヒーを注ぎ
イシスへと手渡した。
「…ありがとう。」
イシスは礼を言うと、湯気のあがるコーヒーカップを傾けた。
その時、玄関のドアを開ける音とともに
「ただいま。」と遠巻きに声が聞こえた。
「あ、父さんだ。
あの鞄、父さんの頼まれものが入ってたんだ。
父さんからもお礼言ってもらわなきゃ。」
そう言って玄関と部屋を区切っているドアをくぐり
ティムは玄関で父親を出迎えた。
ドア越しに微かにやり取りをする声が聞こえた後
ティムとその父親が部屋へと入ってきた。
「何やら息子が助けてもらったらしいな。
父親の私からも礼を言わせてもらおう…」
部屋へと足を運びながら部屋の中の人物へ礼を伝えようと
声をかけていた言葉が途切れる。
その父親が、イシスをはっきりと見つめたからだ。
癖のある短い黒髪、
濃い茶色の真っ直ぐな眼差し、瞳の色
少し褐色がかった肌の色
20年前…いや24年前に会った
忘れられないあの少年がそこにいたからだ。
(クリックで画像拡大)驚きながら自分を見つめている父親に気付いてないのか
イシスは席を立つ。
「大した事してません。只、彼が呼んでくれたので。
…そろそろ失礼します。家に帰らなきゃ。」
「いや、あれは私が頼んでいた大事な書類だ。
どうしてもタイミングが合わなくてね
リスクがあるかもしれないとは思いつつも
ティムに頼んだ。
君がいなければどこにあの書類が持っていかれるか判らなかった。
ありがとう。
私はグラハム・エーカー。国連軍の軍人だ。
と、言っても今は
もっぱら不本意ながら
デスクワークに縛り付けられているがね。」
そう言いながら、父親…グラハム・エーカーは
イシスに再び座るよう合図をした。
イシスは再び腰を下ろさざるを得なかった。
まずい状況になった。
イシスはそう直感した。
ここから早く立ち去らねば。とも。
思考を巡らせていると、グラハム・エーカーが再び話しだした。
「昔は第一線でフラッグファイターと名乗っていたものだ。
…そう…20年程前までは。」
イシスがぴくりと反応する。
それを見たのか、グラハムは続ける。
「その時に、宿敵とも呼べる少年に会った。
…君は、その少年にとてもよく似ている。
そうだ。名前は…確か…
『刹那・F・セイエイ』
と、言ったか。」
イシスが再び立ち上がる。
この男は父親を知っている…!
傍らで聞いていたティムが驚愕の表情を見せる。
「…とうさん…?…この子を知ってるの?」
「君の名を聞いてなかったな。
ティム、聞いたのか?」
「刹那・F・セイエイだ。」
グラハムが息子のティムに聞くと同時に
本人であるイシスが名乗りを上げた。
「…刹那…?」
何が起こったか判らなくなってきたティムは
『刹那』…イシスに問う様に声をかける。
グラハム・エーカーの目が細められる。
「ほう…?
同じ名を名乗るか。
ソレスタルビーイングのものだな。
その名は世襲制とか言うものなのか?
それとも…まさかとは思うが…
あの少年なのか…?
一体何が…?」
問うでもなく、それでも質問をするかのような
グラハムの言葉にイシスは質問を畳み掛ける。
「『刹那・F・セイエイ』を知っているのか?」
「お前は、あのときの少年ではないな。
…何者だ…?」
「『刹那・F・セイエイ』だ。
それ以上は言わない!
あんたこそ、『刹那』の何を知ってるんだ?」
「あの少年は…私と対峙した時に
私の身体、心に消えない傷跡を残していった。」
「父さんの…傷…」
父親の身体に広がる、
顔にまである大きな傷跡。
それをつけた事に関係する人物。
それが目の前にいる。
だがその人物は自分を助けてくれた。
ティムの声が聞こえていない様に
グラハムは続けた。
「当時、誇りにしていた…
失ったもの…
フラッグファイターの仲間…恩師…
そしてこの身体の癒えない傷。
過去のものと笑うか?」
「…それを…俺に問うのか…?」
いぶかしむ様にイシスが問う。
グラハム言葉を続けた。
「あの時、私はフラッグファイターとして
最後の勝負をした。
それから…第一線を退かざるを得なくなり
それでも軍人としての誇りは捨てられず
まだ軍人として生き続けている。
君があの少年なら、また追いかけさせてもらうまでだ。
『刹那・F・セイエイ』!」
「とうさん!!父さんはまたそうやって…」
「ウザッ!!それってウザくね!?
しっつこいんだよ!いつまでも!
何年そうやって追い続けるんだ?」
ティムがグラハムを制止しようと声を上げたと同時に
イシスがたまらないと言わんばかりに声を荒げた。
「なっ…?」
「いつまでも誇り誇りって!
そりゃあ、大事なものだろうけど
軍人って、もっと大事なものがあるんじゃないのか?
誇りだけ守ってりゃあいいってもんじゃないだろ?」
「父さんが守ったのは誇りだけじゃない!
それくらい判るさ!」
声のする方向を見ると
ティムがハンドガンを構えて
口論をしている2人に銃口を向けている。
いや、正確にはイシス…刹那に向けて。
「ティム!止せ!!」
「イヤだ!父さんは軍人として
フラッグファイターとして空を守ったんだ!
僕も、母さんだって…」
「ティム!」
「ティムの母親は復讐を望んでいる訳じゃあないだろう!?」
「ティムの母親の事を…
妻の事を聞いたのか…?」
イシスの言葉を聞いたグラハムは
驚きを隠せない様子でイシスに聞いた。
「家に入った途端、玄関にある写真に
『母さん、ただいま』なんて言われたら察しもつくさ。
撃ちたいなら撃てばいい。」
自分の方に向き直ったイシスに銃口を向けたものの
ティムは引き金を引けずにいた。
(クリックで画像拡大)ティムの銃を持つ手が震えだす。
その手を父親であるグラハムがそっと押さえ、
息子の震える手から銃をそっと取り上げた。
そして、イシスに声をかける。
「刹那…君が何者なのかは今は問わない事にしておこう。
悪いが、今日のところは引き上げてくれないか。」
「言われなくてもそうするさ。」
むっとした表情でぶっきらぼうにイシスが答える。
「きっと、君とはいろんな形で再び相見える事になるだろう。
その時に、いい再会が出来る事を祈るよ。」
2人を見遣り、部屋を出て行こうとするイシスの背中に
再びグラハムの声が投げかけられた。
「そうだ。一つ言い忘れていた。
…息子を…助けてくれた事に感謝する。
…ありがとう。」
少し置いて、玄関のドアが閉まる音が父と息子の耳に届いた。
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うーーーーーーーーわーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!
大興奮ですよぉぉぉ!!!!!!!!!!!
イシスとティムとグラハムが対峙してる場面とか
どっきどきするんですけど!!!!!!!
イシスの勘のよさには脱帽ですね
部屋に入ると同時に色んな事を見て情報を得てる。
無邪気なティムだけど 両親の事になると怯えながらも凛々しく男になる描写がたまらない(*´д`*)ハァハァ
グラハムはそのまま年を重ねた素敵なハムでホント嬉しいです♪
無理せずにゆるりと 続きをwwww
>銀サチさん
おおぅ!ありがとうございますぅ〜!
イシスにとどまらず、マイスターは
様々な状況に置かれる事を前提として
いろいろ学ぶところはあっただろうと思いますし、
そこで、洞察力を鍛えられていると思います。
今回のイシスが母親に関して察する事が出来たのも
その賜物でしょう。
この続き、またちまちまと書いていきたいですね。
いずれは、本編とリンクできたら楽しいかなと(笑)
グラハムは、現場主義だと思うので
気が若いんだと思います。
気が張っていると、見た目にも影響すると思いますから、
見た目凄く若く見られるお父さんに
なっていればいいかなと思いますね。
頑張ります〜♪(^^)q”””
今回、とても素敵なイラストを銀サチさんから頂きました!
グラハムに対する愛がいっぱいいっぱい詰まった素敵イラストです!
本文のサムネイルクリックで大きなイラストが別窓で出ます。
是非ご覧ください♪
銀サチさん、ありがとうございましたー!