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その日は、イシスが地上へ休暇と宇宙空間で従事するものに課せられている
『帰還日』を終了させてラグランジュ-3-0に『帰艦』する日であった。
「おー。久しぶり?帰って来てたんだ。」
アレクセイ・ハプティズムが通路で見かけた人影に声をかける。
「俺は3日前。」
「そういや、イシスも帰ってくるんだっけ?
アイツいつだっけ…。 スェウ知ってるか?」
「ああ…確か…今日だったかな?…なんで?」
「ただいま。」
「うおっ!?!?」
「イシス!」
アレクセイの背後から突然噂の主があらわれた。
「お、お帰り。今 帰って来たんだ?」
「うん。これからティエリアに挨拶に行こうと思ってる。」
「あ、それで思い出した。
なんかティエリアが帰って来たら聞きたい事があるとか言ってたぜ。」
アレクセイの言葉に軽く頷いたイシスは
2人に軽く礼を言うとティエリアのいる艦長室へと向かった。
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ラグランジュ-3-0。艦長室
限られた宇宙空間に作られたそれはさほど広くはなく、
豪華な飾り付けよりむしろ必要最小限にとどめられていた。
そこへ人の訪れを知らせる音が鳴る。
「誰だ?」
「イシスだ、今帰艦した。」
「開いている。入ってくるといい。」
扉の開く音と共に見慣れた子供が入って来た。
「いつ戻って来た?」
「4、5時間前かな。」
「おかえり。どうだった?地上は?」
「相変わらず。休暇もなんだかいろいろあってさ。
…変わった親子とかね。」
苦笑を漏らすイシスにティエリアは軽い笑みを返した。
「『彼ら』ともコンタクトをとったって?」
「…ああ、それね…」
あまり嬉しくない話を切り出され、イシスは眉を顰める。
「答えは、出したのか?」
ティエリアの質問にイシスは溜息まじりに視線を下げる。
「いつもの答えを返しただけさ。」
「…またか。
…いつまでもそれで逃げ切れないぞ。
『国』は待ってはくれない。」
「『私』は今だあなた方のご期待にそれるような
成人たり得る年齢には達しておりません。
そのような一人の子供が一国の象徴として掲げられる事に
周辺国家群の失笑を受けるような事がありますと
この国にとって不利になる事が多々ございます。
従って、今『私』が表舞台に立つ事は控えさせていただきます。」
「…いつまでもその『答え』は通用しないぞ。」
「…それでも…」
「君を…ソレスタルビーイングから無理矢理降ろす事も出来る。」
「…っ!!! ティエリア!!!」
椅子から立ち上がり、
イシスの声を遮る様に言ったティエリアの言葉は
イシスの頭に血を上らせるのに十分だった。
「君のお父さんがここにいたらどう思うだろう?
みすみす我が子を戦場へ放り出すなんてしたくないはずだ。
…判らないか…? サラ…」
ティエリアがその名を口にした瞬間、部屋に軽い音が鳴り響いた。
イシスが怒りに震えた手でティエリアの頬を勢いよく叩いていた。
「アンタが…その名を口にしないでくれ!」
顔を上げたティエリアが目にしたのは
泣きそうに表情を歪めたしたイシスだった。
「俺は…ここにいたいんだ。
父さんのいたこの場所に。」
「…ライルとスェウ、アレルヤとアレクセイ。
彼らも子供がソレスタルビーイングでマイスター候補になる時に
かなり揉めたんだ。お前はそれを知らない。」
再び、イシスが表情を隠す様に下を向く。
「ソレスタルビーイングから降りないなら、
ラグランジュ-3-1に行って、サポートに廻る事も出来る。
君に『刹那』の名を与えれば
有無を言わさず戦闘に駆り出さなくてはならない。
君のお父さんの気持ちを察すれば、正直…させたくないとは思う。
それだけは、覚えていてくれ。
今日は疲れたろう?部屋に戻って休むといい。」
「…ヤだ…」
イシスは背中を向けたティエリアの提案に小さく否定をした。
「…イシス?」
ふいに背中にコツリと何かが当たる感触がしたティエリアは
先程まで話していた仲間の娘を呼んだ。
「ここがいいって言ったんだ…
ティエリアのところがいいんだ…。」
震える声で背中に頭をくっつけているイシスの表情は誰にも判らない。
「ここで、父さんがどんな人だったのか…多くは知らない。
でも…それでも…
ティエリアは父さんの『におい』がする。
だから…ここにいたいんだ。
…お願い。」
それを最後に、イシスは部屋を後にした。
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「…刹那…君の娘は君によく似て強情だ。」
顔を上げる事なく、ティエリアはかつての仲間に呟いた。
その呟きを聞いたものは誰もいない。
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